野田聖子に文春砲!夫は前科二犯の会津小鉄会(元暴力団員)だった!

野田聖子に文春砲!夫は前科二犯の会津小鉄会(元暴力団員)だった!

 先月行われた内閣改造で入閣した野田聖子総務相(57)に文春砲です。
 すでに来年秋の総裁選への出馬を表明している野田聖子氏。今後の自民党や安倍政権の状況によっては”野田首相の誕生”が現実味を帯びてくる中、”ファースト・ジェントルマン”になるかもしれない人物である夫の野田文信氏(50)(旧姓:木村)が、実は前科二犯で会津小鉄会に属していた元暴力団員だったというのです(しかもネットでは韓国人だという噂も…)。文春砲の詳細を御覧ください。
↓事実婚だった元夫のスキャンダルはこちら↓
>鶴保庸介に女性問題でスキャンダル「婚姻届を出すなら離婚届も書いて」

スポンサードリンク

【文春砲】夫・文信氏の前科二犯(その1)私文書偽造罪

 後述しますが週刊文春によりますと、野田聖子氏の夫・文信氏は会津小鉄会の昌山組に所属していた元暴力団員だったのです。現在はカタギの世界に戻ったのですが、1999年4月、大阪府警淀川署に逮捕されています。
 文信氏は車の運転で警察の取り締まりを受けるたびに、メモしていた兄の免許証番号をいつも伝えていたのだそうです。ある日、兄が免許更新に行くとゴールド免許のはずが警察の人から「違反切符、切られとるで」と指摘され驚いたといいます。兄が文信氏に電話して文句を言うと『何が悪いねん』と逆ギレされたそうです。
 結局文信氏は私文書偽造罪で起訴され、懲役一年(執行猶予付き)の有罪判決を受け(前科二犯のうちの一つ目)、その後、兄にも謝罪文を送ったそうです。元暴力団員なのか知りませんが、やってることが幼稚過ぎて驚きます…。

【文春砲】夫・文信氏の前科二犯(その2)出会い系迷惑メール送信で摘発

 そして前科二犯のもう一つは、2005年5月。毎日新聞(2005年5月17日朝刊)によりますと、当時文信氏は成人向けサイト会社を経営しており、2003年12月に不特定多数の携帯電話にサービス情報を一方的に送りつける「スパムメール(迷惑メール)」を大量に送信したのです。それが原因で通信設備の機能に障害を与え、有線電気通信法違反の疑いで逮捕されています。文信氏は京都市内の通信業者のドメイン名を不正に使用し、出会い系サイトの広告メールを大量に送信したのですが、約41万件の宛先不明メールが業者のサーバーに返送され通信障害を起こしたのです。
 これまでもスパムメールによる業務妨害容疑で摘発された事例はあったそうですが、より刑事罰が重い「有線電気通信法違反」での摘発は、全国初だったそうです。

野田聖子の夫は会津小鉄会の元暴力団員だった!

 警察関係者の話によりますと、『参考情報(取扱注意)』と書かれている文書に「会津小鉄会昌山組(平成12年3月解散)幹部」と書かれているといいます。これは文信氏が京都の指定暴力団『会津小鉄会』傘下の『昌山組』に所属していたことを意味する文書なのだそうです。京都府警が昌山組の事務所に、組員として『木村文信』の名札が掛かっているのを確認していたとのこと。他にも京都府警の元幹部や、会津小鉄会関係者も口を揃えて文信氏が昌山組の幹事だったことを認めています。文信氏のビジネス関係者も文信氏が会津小鉄会の元暴力団員だったことを裏付ける発言をしています。

「木村は自分で『会津小鉄会やってん』と言うていました。(昌山組?)そうそう。事務所には日本刀が飾ってあったり、そのスジを思わせる雰囲気やった」
(引用:週刊文春 9月28日号)

 会津小鉄会というのは、1992年時点の組員数は約二千人で、関西では山口組に次ぐ勢力だといいます。京都市に本拠を置き、そのルーツは江戸時代にまで遡る名門なのだそうです。昌山組は1999年2月、事務所に押しかけてきた元副組長に対し、当時の組長らが刃物で殺害するという事件を起こしています。組長は実刑7年の判決が下され、2000年3月に解散しているとのことです。

 ここで、野田氏の夫の生い立ちを簡単に見てみましょう。

名 前:木村文信(現在は野田姓)
生年月日:1967年生まれ
出身地:京都府

 幼い頃に両親が離婚し、はじめは父親の元で暮らすも折り合いが悪くなり、後に母親と暮らすようになります。しかし生活は荒れていて、高校時代はバイクを盗んだり、シンナーを吸ったりなど警察のお世話になることも多かったといいます。卒業後は板前の修業をしていたとの噂があったそうです。

野田聖子の夫の本名が…韓国人との噂も

 下↓のツイートを御覧ください。

 野田氏の夫の本名は『金文信』で、実は韓国人だというのです。週刊文春はそのことには一切触れていませんが、焼肉店=韓国料理店とも言えますし、そのようなツイートがたくさんあるのも事実です。週刊文春には園遊会に出席した際の夫の画像が載っていたのですが、言われてみれば確かに韓国人っぽい顔立ちをしている気はします。ただ出どころが不明な情報ですので、どこまでが本当かは不明です。

スポンサードリンク

野田聖子と夫との馴れ初めや息子について

 野田聖子氏は事実婚状態にあった男性がいたのですが、2006年に事実婚を解消。その直後に夫・文信氏と出会います。
 2007年1月、関西に出張中だった野田聖子氏は”前の夫の友人の友人の紹介”で大阪市内にある文信氏がオーナーの焼肉店を訪れます。一人二万円は超えるような高級店だとか。そして野田氏は文信氏に一目惚れしたといいます。「私の皿に醤油を注いでくれる彼の仕草が素敵だった」と。そして、野田氏に対して言う「政治家としての聖やんは好きじゃないな。テレビでは別人みたいにキレイごと言ってるもの」というような言葉が”心地よかった”そうです。二人は約4年間の遠距恋愛を成就させ、2011年1月、長男の出産と同時に結婚します(文信氏は野田姓を継ぐことに)。
 野田氏はアメリカで卵子提供を受け、50歳という高齢で長男を出産します。以降、自身のブログなどで不妊治療や出産の過程、難病と闘う長男の姿を公開してきました。テレビでは夫・文信氏が病院を訪れ励ます様子も報じられていました。ブログには夫が育児に奮闘する姿も綴られています。

当時も文春砲!夫・文信氏の浮気が発覚

 2012年5月24日号の週刊文春で、夫・文信氏が旧知の20代女性と愛人関係にあったことを報じています。しかも野田聖子氏が長男を出産した直後だったそうです(当時も文春砲が炸裂していたんですね…)。
 野田氏が浮気の記事を問い質すと夫は『じゃ出て行く』と逆ギレしたといいます。野田氏は『悔しい』と言いつつも結局は夫を許し、二人は関係を修復したようです。

野田聖子の元夫(事実婚)は鶴保庸介

 野田聖子氏は2001年に鶴保庸介前沖縄担当相と事実婚しています(正式に籍は入れていないとのこと)。しかし、2006年に事実婚を解消しています。当時のスキャンダルなど鶴保庸介氏については、下記記事をご参照ください。
>鶴保庸介に女性問題でスキャンダル「婚姻届を出すなら離婚届も書いて」

スポンサードリンク

この話題の裏側を考える「野田聖子の男を見る目が残念」

 週刊文春の記事を全部読むと、両親が幼い頃に離婚して寂しい生活をしていたとはいえ、文信氏は素行に問題がありました。ココでは書ききれませんでしたが、怪しい人物とつるんでいたり母親をないがしろにしたり…。そして、そのような人物に一目惚れする野田聖子氏の男を見る目がなさ過ぎて残念です。
 週刊文春が入閣直後に夫の逮捕歴について問うと次のように答えたといいます。

「すべて処分を受けて、きちんと解決、済んだことなので。今どうの、と言われても、そういうこともしておりませんし、あまりそこまで掘り下げられると、私たち、どう答えていいかな、と。私は知らない話ですし、出会う前の話ですし」
(引用:週刊文春 9月28日号)

 確かに出会う前の事については、野田氏がどうこう出来る話ではありません。しかし、一国の総理になる可能性のある人物の夫が元暴力団員というのは話が別だと思います。2011年には全都道府県で暴力団排除条例が定められ、暴力団と頻繁に接触する『密接交際者』も取り締まりの対象になりました。文信氏は野田氏と出会った後も、周囲と金銭トラブルを起こしています。本当に更生しているのか、甚だ疑問です。

薄い眉毛にお悩みのあなた!
男も女もフサフサ眉毛を手に入れよう♪
先着300名だけ89%OFFの980円!
>眉毛専用美容液『マユライズ』はこちら<


スポンサードリンク
コメント0

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)