島田紳助の現在と引退理由の真相!もう辞めたい病、政界への打診あった【文春】

島田紳助の現在と引退理由の真相!もう辞めたい病、政界への打診あった【文春】

2011年、暴力団との交際騒動をきっかけに突如芸能界から引退した島田紳助さん(61)。あれから6年が経った現在の様子を確認すべく、週刊文春が取材に行くと”じゃあ、上がってください”と記者を室内に招き入れたといいます。
今回は、島田紳助さんが語った芸能界の引退理由の真相に迫ってみたいと思います。『「もうやめたい病」になっていた』『政界からの打診がいくつかあった』『日本一忙しいニートです(笑)』などと赤裸々に語っています。

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島田紳助さんの現在の様子「筋肉の噂、夫婦生活など」

1977年、”紳助・竜介”という漫才コンビでデビューした島田紳助さんは、漫才ブームに乗り一躍トップスターに駆け上がります。晩年は『クイズ!ヘキサゴン』や『行列のできる法律相談所』などの人気バラエティ番組の司会を務め、”バラエティ番組の王者”の名を欲しいままにしていました。
しかし、女性マネージャーへの暴力事件、そして引退理由となった暴力団関係者との交際騒動をきっかけに、2011年に突如芸能界を引退したのでした。

あれから6年。
まず、現在の紳助さんの風貌は、なんと「黒髪のロン毛」なのだそうです(笑)。何年か前に女性誌でも報じられていましたが、今でもロン毛のようです。適度に日焼けし、肌ツヤもよく、とても還暦を過ぎたとは思えない若々しさを保っているそうです。
さらに”紳助さんがマッチョ化している”という噂や目撃談についてですが、筋トレをしているのは事実だそうですが、特にジムに通ったりしているわけではなく、家で鉄アレイやダンベルを使う程度だそうです。引退した日に島田洋七さんから『オマエ、これから見るも無残に太るで』と言われたことが理由だそうですが、今では、若いゴルフ仲間や野球仲間にパワーで負けたくない一心でやっているとのことでした。

現在は本当に普通の一般人と同じ生活を送っているそうで、IC乗車カードの”ICOCA”を使って電車や地下鉄に乗ったり、病院もちゃんと並んでいるそうです。
奥さんともすごく仲良しだそうで、隠し事もないとのこと。紳助さんが男同士の飲み会に頑張って若い女の子を集めようとしていることも全部バレているそうです(笑)。三人の娘さんたちも現在は自立し、孫はもう5人もいるそうです。孫の前ではごく普通のお祖父ちゃんですよ、と語っていました。

現在はゴルフを真剣に取り組んでいるそうで、漫才をしていた時以来の”研究ノート”をつけているんだとか。ドライバーの飛距離は250ヤード、ハンデ9まで上達したといいますから流石ですね。
あとは、一日中家で絵を描いて過ごす日もあるそうです。旅行に行く時はいつもアクリル絵の具を持って行くほどだそうで、旅先でお世話になった人にプレゼントするそうです。週刊文春に2枚ほど紳助さんが描いた絵が載っていたのですが、なかなか上手な絵でした。

とにかく『今が本当に楽しい』と何度も繰り返す紳助さん。今はノーストレスで、人生で一番平和だと語ります。何年か経ったら一割くらいは”また仕事したいな”という気になるのかな?と思っていたそうですが、全くないそうです。毎日友人とクソガキみたいに遊んで過ごす毎日が楽しくてしょうがないらしく、周りには「無職と呼ぶな、働く気がないだけや!」と言っているそうです。今のボクは『日本一忙しいニート(笑)』だと語っていました。

芸能界の引退理由の真相を語った

気になる芸能界の引退理由ですが、巷では電撃復帰の噂もチラホラあります。その辺についても紳助さんは週刊文春に真相を語っていました。

まず、芸能界への復帰を頑なに”戻らない”と決めている訳ではないといいます。現在の生活環境が幸せ過ぎて、その必要を感じていないだけだそうです。そして、色んな人が復帰を待ってくれているのはとても有り難いことだと感じながらも『あの頃の精神状態に戻るのは、ちょっと無理ですわ…』と真相を語りだしたのです。実は引退直前の精神状態は”いっぱいいっぱい”だったというのです。

当時はレギュラー番組の収録が週に何本もあって『でも人間って、普通に生きててそんなにたくさんしゃべるネタとは出会わないですよ』と紳助さんは語ります。番組では常に面白い話を期待されますから、常に自分の中で高感度のアンテナを立てていたそうです。なので常に神経が張り詰めていて、敏感になってしまい、それが逆に些細な事でもいちいち引っかかってきて、勝手に腹を立てて、イラついていたといいます。
そのアンテナを下ろした今は、本当に心穏やかに過ごせているらしく、怒ることもまったくなくなったそうです。

紳助さんは、芸能界でやり残したことは何もないと言います。
もともと芸能界での目標は”東京で司会者をやりたい”ということだったそうです。それも叶い、いつか二人で仕事がしたいと思っていたダウンタウンの松本人志さんとも、深夜のトーク番組『松紳』で共演出来た。若い頃に失敗したバンド活動についても、ヘキサゴンでプロデュースした「羞恥心」や「Pabo」で敵討ちできた…。もう、芸能界でやりたかった夢は全てかなったのだそうです。

そして、50歳手前から自覚はあったそうですが『もうやめたい病』になっていたといいます。親友である明石家さんまさんとは違い、紳助さんは芸能界の仕事が好きでずっと続けたいタイプではなかったといいます。そのような経緯もあって、例の騒動が起きたときに”今しかない”と思い立ったそうです。

以上が、当時謹慎や休業ではなく”引退”を選んだ理由の真相だということでした。

ただ、自分が芸能界を引退することで、番組に関わっている多くのスタッフや関係者には迷惑をかけた為、引退会見で約束した”向こうの人(暴力団)とは一切会っていませんし、連絡も取っていません”と語っていました。

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政界からの打診の真相について

紳助さんが大阪の能勢町に住んでいた頃、地元の清掃センターでダイオキシン問題が発覚したことがあったあそうです。紳助さんはその時の厚生大臣だった小泉純一郎さん宛てに、陳情書を書いたのだそうです。そこには次のように書いたといいます。

「もし小泉さんが総理大臣になられたら、僕はタレントを辞めて、いの一番にはせ参じて、出馬します」
(引用:週刊文春 11月2日号)

この時、紳助さんはまさか小泉さんが総理大臣になるとは思っていなかったそうです(笑)。
しかし、後に小泉純一郎さんは自民党総裁として総理大臣になり、当時、テレビ朝日で挨拶する機会があったそうです。これまで紳助さんは別ルートから何度か出馬を打診されたことがあり、全部断ってきたといいます。しかし、この時は半分覚悟したそうです(自分で言ったことですからね)。そして恐る恐る当時の手紙のことを切り出すと、小泉首相は次のように言ったといいます。

「君は国会議員なんかになったらダメだよ。もっと影響力があるんだからこれからもテレビで活躍してくれ」
(引用:週刊文春 11月2日号)

紳助さんは(助かった…)と胸を撫で下ろしつつ、小泉純一郎さんという人は信用できる政治家やなぁと感心したのだそうです。

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この話題の裏側を考える「割り勘のフェアさを知り感動!?」

今回の週刊文春の島田紳助さんのインタビュー記事を読んで、やはり、芸能界で売れると感覚がおかしくなるんだなぁというエピソードがありました。それは『割り勘のフェアさを知って感動した』という話です。

紳助さんが芸能界を引退してすぐに、仲間たちが飲み会を開いてくれたのだそうです。『みんな割り勘で』と。するとお開きになる前にある若者が、明日早いからと言って先に帰って行ったのです。紳助さんにとってそれが衝撃だったらしく、今までの世界では若いのが先に帰るということはあり得なかったそうです。しかし、割り勘だからいつ帰ってもOKということに気付き、すばらしいシステムだと唸ったそうです。
同時に、これまでは紳助さんが全部払っていたから帰りたいのに帰られなかった奴もいたんだろうなぁと思ったそうです。

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